Friday, December 6, 2019

フェルミ推定とコピー数2

一応前回のつづきです。

簡単な手掛かりや近似をもとに計測が困難な量を推定することフェルミ推定と呼ぶそうです。
実験でもフェルミ推定を使ってみようというのが前回と今回の投稿の趣旨です。




皆さんはPCRの時どのくらいのテンプレートを入れているでしょうか。
例えばゲノムDNAから目的遺伝子断片を増幅することを考えます。

ポリメラーゼの説明書を見てみましょう。
TAKARAのEx Taqの説明書にはこうあります。



Templateは500 ngまでいれていいようです。個人的には少し多すぎる気がしますが、これで考えましょう。では500 ngのヒトゲノムDNAはいったい何ゲノム分になるのでしょうか。また1細胞分のDNAはどのくらいの量なのでしょうか。

DNA鎖の中の1塩基対の分子量は大体650g/molだそうなので(単体の1塩基対は660g/mol)ヒトゲノムは

650g/mol x 30億塩基対 =1.95 x 10の12乗 (1.95 x 10^12)g/molとなります。--- (1)

1molは 6.02214076 (ここでは6.022とします)x10^23個の分子のことなのでヒトゲノム1つ分の質量は

1.95x10^12  ÷  (6.022x10^23)  ≒  3.238x10^ -12 (マイナス12乗)gram --- (2)

扱いやすい単位に直すと

3.238 pg(ピコグラム)

になります。

また細胞1つには2ゲノム入っているので約6.5pgで1細胞分になります。

上のEx Taqの説明書に戻ると、500ngのヒトゲノムDNAは約15万コピーに相当することになります。普通ゲノムDNAをPCRする場合には数ng ~ 数十ngのテンプレートを使うと思うので (参考:ThermoFisherのこのサイトでは5~50ng必要と書いてあります)、その場合には大体数千コピー程度を入れていることになると思います。いずれにしても結構ありますね。

実際の実験では経験的に数十pg程度のゲノムDNAになってくるとPCRがほぼかかりません(産物が検出できない)。これは数~10コピーくらいのゲノムに相当します。この辺りが通常のPCRの限界なのでしょう。

(補足:なぜ10コピーくらいが限界なのでしょうか。計算するとわかるのですが、最初が1コピーだと35サイクルのPCRでも理論上350億コピー程度にしかなりません。すごく多い気がしますが、モル数だと0.06pmol以下、100bpのPCR産物だとして4ngにも届きません。実際のPCRの増幅効率は理論値よリも落ちるので、さらに少ないでしょう。増幅効率が90%だと1ngにもなりません。これではゲル電気泳動を行ってもバンドは見えません。10コピーでやっと理論値が40ngくらいになり、ぎりぎりバンドとして見えることになります。なのでできるだけゲノムDNAは100pg以上から始めたいところです。)

次にプラスミドをテンプレートとする時を考えましょう。

上記ThermoFisherのサイトではプラスミドは0.1~1ngでよいと書いてあります。これは何コピーくらいでしょうか。

僕はpBluescriptSKII+ (長さ3kb) をよく使うのでそこに1kbのインサートが入った4kbのプラスミドとして考えてみます。

(1)式と同じように分子量を求めると

650g/mol x 4000  =  260万 g/mol  =  2.6 x 10^6 g/mol   ---  (3)

プラスミド1分子当たりの質量は

2.6x10^6  ÷  (6.022x10^23)   ≒  4.318 x 10^-18  =  4.318ag (アトグラム)

になります。

したがって1ngには実に約2.3億 コピーものプラスミドが入っていることになります。0.1ngでも2千3百万コピーです。なかなかの数のプラスミドを反応液に入れているんですね。

(補足:ゲノムDNAのテンプレート量は数千コピーでしたが、なぜプラスミドは数千万~数億コピーも入れるのでしょうか。普通プラスミドは数十ng/μL~200ng/μL程度の濃度で扱うことが多いと思います。プラスミドを数千コピーだけ取ろうとするフェムトmolのオーダーになってしまい希釈が大変です。ゲノムDNAは多く入れてしまうと非特異的増幅が起こりやすいのですが、プラスミドは非特異的増幅の可能性が低いので過剰量を入れてもよく、扱いやすい濃度の範囲でPCR反応液に入れているということだと思います。)


ここまでいろいろやってきましてが、これはフェルミ推定ではありません。ただの計算です。しかしこの計算結果を知っていると実験中に扱うDNA量が一体どんな意味を持つのかがわかります。


たとえばヒトの細胞1個中のDNA量(2ゲノム分のDNA量)として6.5pgという値を覚えておきましょう。そうすると手元のDNAの濃度から1uL中にいったい何細胞分のDNAがあるかが簡単に推量できるでしょう。

また数kbのプラスミドは1ng中に1億を超えるコピー数があることを覚えておくと例えば1mLの大腸菌液から取ってきたプラスミドの量からもとになった大腸菌の数が推量できます(ヒント:pUC系のプラスミドは大腸菌のなかに数百コピーが存在します)。

今計算したら1mLの菌液中に数十億個の大腸菌がいる計算になりました。

そのほかにも個人的に知っておいてよいと思う生物学的量は
  • 平均的な脊椎動物の細胞の大きさ:直径10μm
  •  大体の大腸菌の大きさ:長軸 3μm 短軸 0.5μm
  •  (もしくは一般的なバクテリアのサイズ :直径1μmの球や一辺が1μmの立方体くらいだと思っておく)
  • ウイルスはさらにその10分の1(0.1μm)、またはそれ以下。
  •  細胞膜を構成する脂質二重膜の厚み:数ナノmくらい
などがあります。

例えばいまチューブの中に細胞のペレットがあるとして、その中にいくつくらいの細胞があるかを知りたいときに、一度全部を再懸濁して細胞数を血球計算版で数えてもいいのですが、概算でよければ上の情報から推測できます。

ペレットを目測で一辺が5mmの立方体と仮定したとします。大雑把に細胞を一辺が10μmの立方体と仮定すると、一辺5mm(つまり5000μm)の立方体中には細胞の立方体が500 x 500 x 500 = 125000000個あることになります。

実際にはペレットは円錐状のチューブの底にあるので立方体ではなく円錐状のペレットに近い形になっているはずです。立方体とそれに内接する円錐の体積(底面積 x 高さ x 1/3)の比は1 : 0.25くらいなので最終的に求めたい細胞数は

125000000 ÷ 4 = 31250000 ≒ 3 x10^7 個 

ということになります。

ちなみに僕はHEK293細胞をよく実験に使いますが、10cmディッシュで100% confluencyに近いくらいまで培養すると2 x 10^7 個程度になります。ディッシュからはがしてペレットにすると上記に近い大きさのペレットになるのでそこまで的外れな推量にはなりませんでした。


[シチュエーション その1]
(生徒 A)「先生!、培養していた細胞からDNAの抽出終わりましたっ。全部で13μgとれましたっ。」

(先生)「それってどれくらいの細胞からあつめたの?」

(A)「え、10cmシャーレ 一枚分だったんですけど・・・。」

(先)「大体でいいんだけど何個くらい?。」

(A)(かぞえてない・・・。いや、まてよ。6.5pgで細胞1個分のDNAだから、13μg ÷ 6.5pgで・・・(電卓)・・・。)
           「大体2百万個くらいだと思います(シャキッ!)。」


[シチュエーション その2]
 (助教 A)「ほら、昨日プラスミド入れた大腸菌、コロニーができてるよ。このコロニーってたった1つの大腸菌から増えたんだよ。今日はこれを液体培地に移します。」

(生徒)「あ、ほんとですね。一晩でできるんですね。このコロニーの中ってだいたい何個くらい 大腸菌がいるんですか。」

(助)「あ~・・・ (やばい知らない、でも知らないとは言いたくない、あ、でもバクテリアは1μmくらいのはずだから、直径1μmの球体だとして、コロニーも1mm径の球だとすると、μ:マイクロとm:ミリは1000倍違って、体積はその3乗倍だから、1000 × 1000 × 1000 = 10^9だから、十億。でもコロニーは球というより半球に近そうだから半分にして5億。半球ほど盛り上がってるわけでもないからそれよりも少ないか、)   ・・・~ぁ、だいたい大きめのコロニーだと2~3億個くらいかな(当然を装う)。」


実験では厳密に数や量を操作しないといけないことが多いですが、大体の量がわかっていればいい場合もあります。また、条件検討をどのくらいの濃度や量から始めればよいかのあたりをつける時もまずは概算から試していくことがあります。

長くなりましたが、キーとなる数を知っておくとフェルミ推定で大まかな数値を導き出せるので実験中に無駄な作業に時間を取られることがへります。頭の体操にもなるのでおすすめです。




ご質問はゲノム研究分野まで。
内線: 3171
e-mail: mgrc@t.gifu-u.ac.jp




No comments:

Post a Comment