Wednesday, March 5, 2014

おすすめ論文紹介 - Novel Insect Picorna-Like Virus Identified in the Brains of Aggressive Worker Honeybees

前回の論文に引き続き今回もミツバチに関する論文を紹介します。

Title: Novel Insect Picorna-Like Virus Identified in the Brains of Aggressive Worker Honeybees
Tomoko Fujiyuki, Hideaki Takeuchi, Masato Ono, Seii Ohka, Tetsuhiko Sasaki, Akio Nomoto and Takeo Kubo
Journal of Virology Vol. 78, 1093-1100. 2004.

2004年の論文です。

前回の論文紹介ではニホンミツバチによるオオスズメバチの撃退法を取り上げました。
ニホンミツバチは巣を襲撃にきたオオスズメバチに対抗する手段として集団でオオスズメバチを包み込み自らが出す熱によってオオスズメバチを討ち取るというものでした。

この熱による攻撃はニホンミツバチのみが行う行動でありセイヨウミツバチは同じ手段で対抗することはできません。したがってオオスズメバチに襲撃されたセイヨウミツバチのコロニーは短時間のうちに全滅してしまいます。

自分たちの巣を襲われた際には巣を守る兵隊役の働き蜂はたとえ襲撃者がオオスズメバチであっても果敢に対抗します。セイヨウミツバチの攻撃手法はお尻の先にある毒針です。



この毒針は産卵管が変化したものでその根本には毒の入った袋がついています。針先には返しがついており、一旦刺すと抜けないため毒袋ごと体からちぎれ相手に刺さったままとなります。毒袋が継続的に毒を相手に注入しダメージを与え続けるのに対して刺した働きバチは内臓に大きな損傷を負いその後死んでしまいます。

働き蜂が見せるこの行動はまさに命と引き替えであるため代表的な利他的行動として研究の対象となっています。本論文はこの働き蜂の利他的攻撃行動が脳内に感染したウイルスによって引き起こされていることを報告した論文です。

働き蜂にはいろいろな職種のものがいます。 巣の建設に携わるもの、幼虫を育てるもの、餌を採取するもの、そして巣を守り相手を攻撃する兵隊役の働き蜂たちです。

アリやシロアリなどに見られる兵アリは他のアリに比べて大きな顎を持っていたり毒を持つ粘液を噴出する器官が口部に発達していたりと他のアリとは異なる形態を持っていて、生まれた時から一生を兵アリとして過ごします。一方でミツバチの職種は羽化後の日数によって決まるため一匹の働き蜂はその一生でいろいろな職種を経験することになります。兵隊役もその内の一つです。

本論文では兵隊役の働き蜂が見せる利他的な攻撃行動がどのように調節されているのかを調べています。兵隊役のハチの脳では攻撃行動を調節するための遺伝子が活発に働いているのではないかと推測し、その遺伝子を同定するために脳で発現している遺伝子の比較を兵隊役のハチとその他の働き蜂で行いました。
真ん中のススメバチ(囮)に群がっているのが兵隊(アタッカー)。

ミツバチ最大の天敵であるオオスズメバチを囮として使い、攻撃してきた兵隊役の働き蜂(アタッカー)を採集し、一方で巣内で逃げ惑っている他の働き蜂(エスケーパー)も採集して、脳で発現しているRNAをそれぞれから抽出して比較しました。

その結果アタッカーの脳で特異的に検出されるRNAが1つ同定されました。アタッカーの脳に豊富なこのRNAにはアタッカーに攻撃の準備をさせるという意味を込めて「Kakugo」という名前が与えられました。

Kakugo RNAを調べてみるとミツバチのゲノムには該当する遺伝子はなく、またその配列からRNAを遺伝情報として持つPicorna(ピコルナ)-likeウイルスのRNAに近縁であることがわかりました。Kakugoウイルスという名前がつけられたこのウイルスが働き蜂に感染することで脳内にKakugo RNAがもたらされたものと考えられました。

他の役割りの働き蜂からはこのウイルスRNAは検出されませんでした。アタッカーの脳のみで検出されたため著者らはKakugo RNAがアタッカーの攻撃的な行動と何らかの関係があるのではないかと推測しています。

上がKakugo RNAの脳内での局在(染色部分)。下は対象。Fujiyuki et al., J Virol. Vol. 83, 11560–11568. 2009 より 。



その後の研究でKakugoウイルスが脳全体に感染していること、感染により内在的な遺伝子の発現変化が起こっていることなどが確かめられています。

一方でKakugoウイルスは感染のひどいコロニーではアタッカー以外にも感染が検出されることがありKakugoウイルスと働き蜂の攻撃性との関係はまだはっきりとは解明されていません。

脳内に感染したウイルスによって攻撃性が増し、それが巣全体の防御力を高めて種としての存続を高める働きがあるとすればとても面白い現象だと思います。

ここからは個人的な推測ですが、Kakugoウイルスに感染しないと攻撃性を発揮しないということはないでしょう。感染が全くないコロニーであっても防御のための兵隊役が必ず必要だからです。

巣を守るためにはある一定数の兵隊役は保たれていなければなりません。しかしすべてが兵隊役となってしまうと他の仕事が滞ってしまうため役割分担が必要です。巣内にはいろいろな役割りの働き蜂がある一定の割合で存在するように調節されているのでしょう。

先にも書いたように働き蜂は羽化してからの日数によってその役割りが変化します。この役割りの変化が遺伝子の働きの変化によるものなのか、外部からの刺激によるものなのか非常に興味深い点だと思います。

各役割りを持つ働き蜂の割合がコロニー全体でどのように調節されているのかは不明ですが、その調節にKakugoウイルスが一役買っているのかもしれません。

ちなみにヒトの染色体DNAにも過去に感染したウイルスの残骸が多数存在します。さらにそれらの残骸の多くからRNAが転写されていることも知られています。

それらのRNAはこれまでまったく意味のないものだと考えられていました。しかし最近の研究でその多くが私達の遺伝子の発現調節をおこっていることが明らかになってきています。

ウイルスによる遺伝子の調節や行動の制御というのは昆虫にとどまらずヒトにも当てはまる普遍的なことなのかもしれません。
(参考リンク → 実験医学増刊 生命分子を統合するRNA

No comments:

Post a Comment