ゲノム研究分野 共同利用機器紹介-(3)
質量分析装置の知られざる能力 Acquity UPLC XevoQTof皆さんは質量分析装置についてどれくらいご存知でしょうか。僕はこの装置で初めて質量分析装置に触れましたが、それまでは質量分析装置についてかなり誤解した知識を持っていました。質量分析装置は読んで字のごとく質量を分析する目的のためにあるのではないのです。実はこの装置、「構造解析装置」であり「定量装置」なのです。
本装置は2つの部分から構成されます。一つは液体クロマトグラフィー(液クロ)部(Aquity UPLC, アクイティー ユーピーエルシー)、もうひとつは質量分析部(XevoQTof, ゼボキュートフ)です。簡単に説明すると液クロ部で混合物を分離して、質量分析部でそれぞれの分子種の分子量を測定します。液クロ部と質量分析部はそれぞれ独立して販売もされていて用途によっては分けて使ってもよい装置です。詳しい解説を末尾に載せていますので参照してください。
液クロ装置。真ん中はサンプルマネージャー。 |
サンプルマネージャー内部。96サンプルまでセット可能。 |
本装置の液クロ部はUPLCと呼ばれます。これはUltra Performance Liquid Chromatographyの略で超高性能液体クロマトグラフィーという意味です。HPLCという言葉を聞いたことがある人は結構いるかもしれません。これは以前はHigh Pressure (高圧)Liquid Chromatographyと呼ばれていて後述のカラム内に高圧をかけてサンプルを流し混合物を分離する装置のことでしたが、現在では更に高圧で作動するものもあるためHigh PressureからHigh Performance(高性能)へと文字の意味が変更された経緯があります。Ultra PerformanceというのはWaters社が本装置の性能の良さを示すためにそう読んでいるだけなのでHPLCと同等の言葉だと思ってもらって差し支えありません。
質量分析部分はいわゆるタンデム4重極(Tandem Quadrapole)型及び 飛行時間(Time of Flight, Tof)型と呼ばれる構造になっています。合わせてQTofとよんでいます。4重極部、Tof部共に質量分析が行えます。つまり本装置は2つの質量分析装置をつなげた構造となっています。この2つの質量分析装置が構造解析を可能にします。
まず定量はどのように行うのか説明します。測定したいサンプルがあって複数の分子種が混在しているとします。まずはこれを測定しやすくするためにUPLC部分でサンプルをカラム内に通し分子種ごとに分離します。カラム内に充填されているポリマーへの吸着度によって異なる分子種は異なる時間をかけてカラム内を移動し時間差でカラムから出てきます。そのようにして分離された分子は質量分析部に送られます(分離を早く行うためにカラム内は細く高圧がかかります)。
カラム。サンプルは右から左へ流れます。 |
質量分析部では前述の2つの質量分析部のうち精度の高いTofを使って質量を測定します。Tof部では分子はイオン化され電気的な力によって真空内を飛行させられます。小さいものは早く、大きい物は時間をかけて飛行するのでその飛行時間情報を元に質量を測定する仕組みです。カラムからは時間差で次々に異なる分子が質量分析部へ送られ、質量分析部では素早くそれらの質量を測定します。そのようにして短時間で多くの分子の質量を分析します。
分析された分子はその質量によってなんの分子であるか利用者が判定します。あまり雑多なサンプルだと同じ分子量の異なる分子を測定してしまう可能性もあるので、サンプルはある程度精製しておく必要があります。しかしながらカラム内を移動する時間(保持時間, retention timeと呼ばれます)は分子種ごとに一定の値に決まっているため、保持時間と質量の組み合わによって分子種はかなり正確に特定できます(同じ分子量のものでも構造が違えば保持時間が違うため別のものだと判定できます)。
定量時には測定したい物質の標準サンプルというものを用意します。精製されて正確な濃度に調整された標準サンプルを対照として測定します。質量分析部で測定される質量の検出強度は量に比例するため、対照として用いた標準サンプルとの検出強度との比によって自分のサンプルの量を計算により求めることができるのです。実際には正確性を増すために濃度が異なる複数の標準サンプルを比較に用います。
質量分析装置。 |
この中でサンプルをイオン化する(ESI方式)。 |
開けたところ。イオン化された試料はここで装置内部へ入る。 |
構造解析時にはもう1つの質量分析部である4重極を使います。4重極は前述のTof部の前に配置されており未使用時はサンプルは素通りしてTofへ送られています。4重極使用時にはUPLC側から送られてきたたサンプルは4重極が作り出す電気的な振動によって一定の振幅で振動して進んでいきます。この時利用者が設定した特定の分子量の分子は安定して振動しますが他の分子は安定せず壁面に激突して取り除かれます。つまりこの部分ではある決まった分子量のもののみを選別できるのです。ここでは構造を解析したい分子種の分子量を設定してその分子のみを通過させます。
タンデム4重極の名の通り4重極はもう1つ連続して有ります。2個めの4重極は衝突室(Collision Chanber)と呼ばれます。ここにはアルゴンガスが充填されており、分子に衝突して複数のパーツに開裂させます。開裂した複数のパーツは引き続きTof部に送られパーツごとの分子量が測定されます。前述のように開裂したパーツの質量情報を元に最初の分子の構造を推定します。ジグソーパズルのようにピッタリと再構成できる組み合わせを探すことで構造の特定が行われます。
以上のように質量分析装置は質量を分析することである分子の「濃度を測定」したりある分子の「構造を解析]できる装置なのです。研究において定量や構造解析は非常に重要です。本装置で測定できるものは多岐にわたります。生体構成成分ではタンパク質、脂質、糖質、DNAやRNAまでいろいろな分子を測定することができますし、合成した低分子-高分子化合物の構造解析にも応用できます。医学、生物学、工学、農学分野と幅広い分野の研究に貢献している装置です。実は本装置の利用率はかなり高く、ゲノム研究分野の共同利用機器の中でダントツの1位です(受託解析機器を含めるとDNAシーケンサーが一番使われています)。なかなか予約が取りにくい時期もありますがぜひ本装置を利用していただき研究に活用していただければと思います。
ぼやき(本段落は飛ばして次へ進んでください)
実は本装置、利用率の高さとも相まってトラブルが一番多い機器でもあります。装置の性質上サンプルの流路が汚れたり詰まったりします。またサンプルをイオン化する部分も汚れがたまりやすいところです。定期的に洗浄していますが全てを綺麗にするのは構造上なかなかできません。これらのトラブルはこの種類の装置の宿命なのでどうしようもないですが、できれば将来改善されてほしい部分です。メーカーの皆さんよろしくおねがいします。またうちの装置に特有の現象ですが装置と解析コンピューター間の接続の断絶が頻発します。お使いの方でReboot作業をされる方も多いと思います。これについては近々Watersに来てもらい調査する予定ですので可能であれば改善します。
ゲノム研究分野では快適に本装置を使っていただけるように毎週専門のスタッフが装置の定期的なメンテナンスを行っています。また大きな不具合が発生した場合にはサポート契約を結んでいるWatersからサポートの方がすぐに来て修理してくれます。使用法の説明もしますのでこれまで使ったことがなかった方も是非ゲノム研究分野までご連絡ください。
設置場所:ゲノム研究棟 302号室
利用料金:1,000円/1使用
詳しくはゲノム研究分野 管理室まで (内線 3174、 Eメール mgrc@gifu-u.ac.jp)
解説
超高性能液体クロマトグラフィー(UPLC)部
本装置の液クロ部は逆相液体クロマトグラフィー用に構成されています。疎水性ポリマー(固定相)が充填された逆相カラムをセットしサンプル溶液をその中に通します。移動相と呼ばれる水相と有機相(有機溶媒相)の2つの溶媒を使ってサンプルをカラムに通し分離します。
サンプル溶液内の物質ははじめはカラム内のポリマーに結合していますが移動相が流れるに従いカラム内を移動します。この時ポリマーへの結合度と移動相への溶解度が物質ごとに異なるためカラム内を移動する速度に物質ごとに差がでます。より疎水性が強い物質ほど移動度が遅くなります。場合によっては移動相中の有機相の割合を段階的に増やして疎水性の物質の移動を早めたりもします。カラムの先端からは疎水性の度合いが低い物質から順番に流出して溶媒に溶けた状態で順次質量分析部へ送られます。
移動相には水相には水、有機層にはアセトニトリルやメタノールがよく用いられます。何を使うかは自分が測定する物質によって決めます。質量分析時にサンプルがイオン化しやすいようにギ酸や酢酸アンモニウムなどを添加することも有ります。使用する移動相はHPLCグレードの精製度の高いものを用います。不純物が多いと分離やその後の質量分析時に影響が出ます。
質量分析部(QTof部)
質量分析部ではサンプル分子の質量を小数点以下3桁まで精密に測定することができます。ある特定の分子量が測定された時、その分子量の物体を構成できる原子の組み合わせは限られています。たとえは水素(質量1)と炭素(質量12)からなる分子で分子量が28ならば現実的にはC2H4以外にありえません。質量が多くなれば同じ分子量の異なる物質が複数ありますが、前処理で装置に導入するサンプルをある程度精製しておけば(タンパクだけ、脂質だけ、糖質だけ等にしておく)構成される原子の種類を制限できるため、測定された質量から構造の推定ができます。
また実際の測定では測定した物質は同位体をある割合で含んでいるため質量が複数測定されます。例えば炭素C12の同位体であるC13は自然界では約1.1%ほど含まれています。少ない数に思えますが、炭素原子を多く含む分子の場合には同位体の存在は無視できなくなります。炭素数が30あるとC13を含む分子が全体の2割を超えてきます。同位体を含む分子と含まない分子の割合を計算することで測定した物質が目的の分子であるかどうかを確認する方法の1つになります。
本装置では質量分析のためのイオン化法としてESI法(electrospray ionization)を採用しています。これはサンプルが溶解した溶媒に電荷を与え細管の先端から高温のチャンバー内にスプレー状に噴射させ気化してイオン化する方法です。溶媒が気化した時に電荷が溶媒中のサンプル物質に残るためその物質はイオン化します。イオン化は陽イオンになる場合と陰イオンになる場合があります。陽イオン化時は水素原子核(H+)が物質内の局所的陰イオン部に引き寄せられることで分子を陽イオン化します。Na+やその他の陽イオンがつくことも有ります。陰イオン化時は主に水素原子核が引きぬかれ陰イオンになります。物質よってはこれら以外のイオン化過程でイオン化します。
本装置ではコロナ放電を用いたイオン化法も利用できます。これはスプレーしたサンプルを含む溶媒に金属電極から放電して溶媒をイオン化、その後溶媒の電荷をサンプル物質に受け渡すことでイオン化を行います。イオン化しにくい物質の場合はこちらの方法も試してみるとよいでしょう。
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